『主張する』意義

今日のテーマは『主張すること』『意見を述べること』



私は小学生の頃、リベートが大好きでした。

自分の意見を言って、それに対する意見をもらって、更にそれに対する考えを言って…

思いもよらない考え、新たな発見に心を躍らせたものです。

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中学、高校は生徒会に入りました。
生徒達から色んな意見を聞いて、自分の意見を伝えて…とても楽しかった思い出があります。

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専門学校に入ってからも、友人との意見交換をする度に知らない知識を得ることが出来ました。
とても有意義な時間でした。

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さて、社会人。
私が意見を言うことを恐れ始めたのは、この頃からです。

専門職ですから、色々な講習会・研修会に参加することが増えました。
学校では学んでいないことも多く、自分なりに解釈して臨床に役立てようと努力しました。

臨床を行っていると、自分の解釈が正しいのか?と不安になることがあります。
上手くいかずに、どうすれば良いか分からなくなることもあります。


【出来事1】
呼吸器リハビリテーションの研修会に行った時、疑問に思っていたことを質問してみました。
すると、相手は怒りだしました。怒鳴られたわけではありませんが、明らかにイライラとし、口調は荒くなっています。
私は呼吸器関連の研修会への参加は初めてでした。“はじめての人にもわかりやすく教えます”といった趣旨の研修会だったと記憶しています。
私は私は質問の意図がきちんと伝わらなかったのではないかと思い、質問を丁寧に伝えなおしました。
けれど、相手の反応は変わりません。回答は「それは、私が教えることではない。自分で考えなさい。」というものでした。しかし、自分で考えようにも、経験の浅い私には何からはじめるべきなのかもわかりません。理学療法士とは違い、作業療法士は呼吸リハを学ぶ機会はありませんでしたしね。
このままでは、この講習会に来た意味がないと思い、勇気を振り絞って、どのように評価を進めていけばよいか.と質問を重ねました。しかし回答は変わらず、頂けたのは「それは、自分で考えることだ。」という言葉のみでした。

私は、この研修会に数人の同僚(理学療法士さんも)と共に参加していました。そして、同様の悩みを同僚達も持っていました。私たちは、悩みが解決するといいね.と期待を膨らませて研修会に臨んでいたのです。

私たちの悩みは特定疾患を持つ症例に対する呼吸リハビリテーション法について。
この悩みを、基礎を学ぶために開催された研修会で解消出来ないのなら、私たちはいったいどこで何を学べば良いのでしょうか?


【出来事2】
検査の解釈法を学ぶ講習会へ行った時には、このようなことがありました。
提示された事例を下に検査の解釈を行い、改善策を考案するといったワークがありました。改善策には様々なアイディアが出てきて良いものです。様々な人が、様々なアイディアを発表していきます。一通り、色々なアイディアが出てきたところで、もう1つよい方法があるのでは!と私に新たなアイディアが浮かびました。そのアイディアを発表すると、講師の人たちがクスクスと笑います。「それはちょっと違うかな。」とのこと。何がどう違うのかが分からない回答です。「でもこの項目とこの項目が○○だから△△と考えることも出来るのでは?」と質問すると、講師達はクスクスと笑いながら「(神経)経路が違うから。」と答えました。その私を明らかに馬鹿にしている講師達の態度に、質問を続ける意欲が萎えてしまい、私は発表をお終えました。

講習会後、特別講師として講習に参加していた方が、私に声をかけてきてくれました。
「神経経路について書かれている参考書は、英文しかないんだ。難しいけど読んでみる?」と本の名前を教えてくれました。私の悩み・考えが、伝わるべき人には伝わっていたんだな.と感じた瞬間でした。


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今でも意見を言う前には心臓が破裂してしまうのではないか.と思うくらいに緊張します。
また、相手をイラつかせるかもしれない、笑われるかもしれない.と思うからです。
けれど、勇気を振り絞って考えを伝えるようにしています。

たくさんの人に馬鹿にされたとしても、真剣に取り組んでいれば、真剣に応えてくれる人がきっといる。
主張することをやめれば恐怖との戦いは終わるけど、前に進むことも出来なくなる。

『主張する』ことの本当の意義は、自分を誇示することでもなければ、他者を思い通りに動かすことでもなく、自分を理解してくれる人、そうでない人を判別することにあるのかもしれません。

主張することで真の仲間が見つかり、自分自身の成長に繋がり、幸せを感じることができ、素敵な人生を送るきっかけを見つけられる.と信じていたいですね。




最期に、アルベルト・アインシュタインの名言を贈ります。

『偏見のある社会環境で、冷静な意見を述べられる人は限られている。
それどころか、意見を持つことさえ出来ない人がほとんどだ。』

『偉大な精神を持つ人々は、平凡な人々から強い反発を受けるのが常だ。
平凡な人というのは、過去の慣習に盲目にならず、勇敢に意志表示する人々のことを理解できないのだ。』
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